観月ありささんは最近はデビュー20周年とかで、曲を歌うことが増えましたね。
TOO SHY SHY BOYは小室哲哉さんプロデュースの曲でしたが、そのほかにも宮沢りえさんのドリームラッシュを担当するなど、旬なタレントへの楽曲提供は行っていました。
観月ありささんは10代からCMに出て、ドラマ・映画に出て、とんねるずのみなさんのおかげですにも出て、芸能活動の方もフィーバーしたようなバブル状態でした。
いつの間にかテレビの世界に登場していて時代を代表する人となっていました。
他にも数多くのタレントに曲を提供していたことを考えると、今は売れないにしてもカラオケ等の著作権などからの収入は年間5億円ほどはあったのではないでしょうかね。
秋元康さんもおニャン子クラブ解散からAKB48の空白の時期でも収入は年間6~7億円ほどはあったそうですし。
預金は100億円あったのではないかとも言われた小室哲哉さんの雲行きが怪しくなってきたのは香港事業の展開やら株の話が出てきた頃からでした。
それで数十億円の損失を出したらしいという話が流れ、苦労しているらしいという噂が2000年以降から出てきてはいましたね。
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